「終のひと」4話は“送る話”より“守る話”だった
先に結論から言うね。
「終のひと」4話は、ラブドール葬っていうインパクトの強さ以上に、**“誰が誰を守ろうとして、逆に傷つけてしまうのか”**が刺さる回でした。母は息子を守りたい、息子は恋人(蘭子)を守りたい。だけど守り方がズレると、愛ってこんなに息苦しくなるんだ…って。
ここが気になる人も多いですが…
「結局、蘭子ってどうなったの?」「婚約者は見たの?」「あの結婚式みたいな儀式、何だったの?」
モヤっとポイント、ぜんぶ言葉にして整理します。
「終のひと」4話を3行でまとめると
- 母・松子が「息子の恋人の葬儀を」と依頼 → その恋人はラブドール“蘭子”。
- 婚約者が来る前に葬りたい母 vs 触らせたくない息子で大荒れ。
- “葬儀”のはずが、見え方によっては“結婚式”にも見える儀式に着地していく。
いちばんモヤっとしやすい所だけ先に答える
Q:「終のひと」4話は「多様性だからOK」で終わる話?
A:それだけじゃないです。むしろ、親子関係の圧・孤独・依存みたいな、現実的にしんどい部分が芯。だから視聴後にズシンと残ります。
「終のひと」4話ドラマ【ネタバレ】あらすじ(時系列で整理)
※ここから先は、4話の内容に触れます。未視聴の方はご注意くださいね。
依頼は「息子の恋人の葬儀」…でも恋人の正体は
嗣江と梵のもとにやって来たのは、エリート会社員の熊沢太郎と母・松子。
松子は落ち着いた顔で「息子の恋人の葬儀をしてほしい」と言うのに、太郎は「彼女はまだ死んでいない」と強く反発します。
訳ありな空気のまま熊沢家へ行くと、そこで待っていたのは…「蘭子」と名付けられたラブドール。
この時点で、視聴者の心の中はたぶん一斉にこう。
「え、葬儀って…どういうこと…?」
母・松子の焦りと、太郎の抵抗がぶつかる
松子が焦っている理由ははっきりしていて、太郎には現実の婚約者・愛菜がいるから。
愛菜が家に来る予定があり、松子としては“見られる前に蘭子を消したい”。息子を「人並みの幸せ」に乗せたい気持ちが、行動としてはかなり強引に出てしまいます。
一方の太郎は、蘭子を「物」として扱われることが耐えられない。
ここ、変に美化してるわけじゃなくて、太郎は太郎なりに真剣に“恋人”として守ってるんですよね。だからこそ衝突がエグい…。
準備開始で大混乱「触らないで!」が止まらない
松子に押される形で“風変わりな葬儀”の準備が始まりますが、太郎は途中からヒートアップ。
「蘭子は他の男に触らせない!」と騒ぎ出して、現場はもうピリピリ&バタバタ。
ここ、気まずいだけじゃなくて、すごく象徴的。
“送る”って、触れることでもあるから。
葬儀って遺族が手を添えたり、整えたり、最後に触れて別れる儀式でもあるのに、太郎はそこを許せない。つまり太郎の中では、まだ蘭子は終わってないんです。
蘭子が消える…疑われる“あの人”
さらに事態がこじれるのが、蘭子が一時的に姿を消す展開。現場が「え?ない?!」となって、嗣江たちも動揺します。
そして疑われるのが、作中の“あの人”(タケオ)。
このあたりはシリアス一辺倒じゃなく、ちょっと笑ってしまう間(ま)も入ってくるんだけど、笑いながらも「人の愛を横からジャッジする怖さ」がチクッと刺さるのが、このドラマのうまいところ。
ラストの儀式が、ただの葬儀じゃないと分かる瞬間
4話の山場は、“葬儀”として始まったはずの場が、見え方によっては“結婚式”に見えるところ。
実際、視聴後の受け取りとして「結婚式だった」「でも母にとっては葬式だったのかも」という声も出るくらい、二重に読める作りになっています。
そして松子の「おめでとう」に耐えながら場を整える人たちがいる、という皮肉。
ここがね…観てる側も複雑なんです。
祝福したい気持ちと、「これでいいの?」が同時にくる。
「終のひと」4話が刺さる3つの理由
親が願う幸せと、本人が欲しい幸せはズレる
松子は息子を“普通の幸せ”へ進ませたい。太郎は蘭子を“自分の幸せ”として抱えている。
どっちも「愛」なのに、方向が真逆でぶつかる。
ここが気になる人も多いですが…
「松子って毒親でしょ?」って単純に切り捨てたくなる瞬間もある。
ただ、松子の側の恐怖(息子が世間から外れる怖さ)も透けて見えるから、余計にしんどいんですよね。
「命の終わり」を決めるのは誰なのか
4話の問いはこれ。
“死”って、医学的に決まるだけじゃなくて、残された人が「終わった」と受け止めた瞬間に始まる。
ラブドールは生きていないけど、太郎の中では確かに“関係”が生きている。だから、葬儀の合意が取れない。
嗣江と梵が“踏み込みすぎない”意味
嗣江と梵は、依頼主の価値観に「それは変だよ」と説教しません。
ただ、場を整えて、最後に本人が選べるようにする。
この距離感があるから、4話はセンセーショナルな題材でも、ちゃんと人の話として残るんだと思います。
「終のひと」4話|「多様性の話でしょ?」だけで終わらない
変わり種回じゃなく、シリーズの芯が出た回
4話って、一見“変化球回”に見えます。
でも実際は、「終のひと」が毎回やっている**“誰のための弔いか”**を別角度で突いた回なんですよね。
松子はただの悪役に見えるけど…
松子のやり方はキツい。ほんとにキツい。
でも、「息子が孤立するのが怖い」「世間体が怖い」みたいな、“親側の弱さ”も見え隠れする。
だから視聴者の感情が割れるし、語りたくなる。
太郎の愛を笑う話ではない
ラブドールが出てくると、どうしても「ネタ」っぽく消費されがち。
だけど4話は、太郎の必死さがあるから、簡単に笑えない。
むしろ「笑っていいのか?」って、こちらが試される感覚がありました。
SNS・世間のリアルな反応(「終のひと」4話)
※ここでは、投稿をそのまま貼らずに“よく見かけた反応の傾向”としてまとめます。
「泣いた」「祝福しちゃった」派
- 変な設定なのに、最後はなぜか胸が熱くなった
- “葬儀”なのに“祝福”の空気があって、感情が追いつかない
- あの儀式は、ある意味いちばん優しい落としどころかも
「婚約者が気の毒」派
- 現実の婚約者の立場を考えると複雑
- 「受け入れる/受け入れない」以前に、説明不足がしんどい
- ここから関係どうするの…って不安になる
「母が怖い…でも分かる」派
- 圧が強すぎて見てて息が詰まる
- でも“親の焦り”ってリアルで刺さる
- 息子の人生をコントロールしたい気持ち、分からなくもないのがつらい
一方で、こんな見方もあります。
反応が割れる回って、“正解が一つじゃない回”。だからこそ記憶に残るし、次回も観たくなるんですよね。
「終のひと」4話|蘭子は“恋人”だけじゃないのかも
蘭子=防波堤(太郎が壊れないための形)
太郎の背景には、母の過干渉や、期待に応え続けてきた人生が見えます。
そう考えると蘭子は、ただの恋人じゃなくて、太郎が自分を守るために掴んだ“安心”にも見えるんです。
「ここにいてくれる」「否定しない」「奪われない」——そういう存在。
「手放せない」は未熟?それとも誠実?
視聴者の感情が割れるところ。
私の感覚としては、4話の太郎は未熟というより、**“誠実すぎて不器用”**に寄って見えました。
手放すのが正解とは限らないけど、現実との折り合いは必要。
この“中間の苦しさ”が、4話のリアルさだと思います。
タケオの一言が突いた“本音”
作中では「他人が使ったラブドール、欲しいか?」みたいな、ド直球の問いも投げられます。
あれって下品に聞こえるけど、要は「あなたの愛は、本人にとっての愛?それとも所有?」っていう痛い質問なんですよね。
笑いながら、心の奥がズキッとするやつ…。
今後どうなりそう?「終のひと」5話へのつながり考察
太郎の現実(婚約者・母・蘭子)はどう着地する?
4話の段階では、太郎は“きれいに手放した”とは言い切れない描き方でした。
だから5話以降、
- 婚約者との関係をどう説明するのか
- 母の干渉をどこで止めるのか
- 蘭子を“終わらせる”のか、“共存”を選ぶのか
このどれかが必ず問題になりそう。
嗣江と梵の関係は次で一段変わりそう
4話は、嗣江と梵が“見守る側”に徹した回でもありました。
でも、こういう回の後って、だいたい次で揺り戻しが来るんですよね。
梵が「自分の人生」に引き戻される展開、ありそうだな…って身構えちゃう。
4話で出た小さな伏線メモ
- “終わり”を誰が決めるのか、というテーマの強調
- 家の空気(違和感)がじわじわ効いてくる演出
- 嗣江の“プロ”としての線引き(踏み込みすぎない)
まとめ|「終のひと」4話ネタバレあらすじ
「終のひと」4話は、ラブドール葬という強い題材でありながら、最後に残るのは結局、
「誰を守ろうとして、誰を傷つけたのか」
「終わりを決めるのは誰なのか」
この2つでした。
モヤっとするのは、あなたの感性が変だからじゃなくて、4話がわざと“正解を一つにしない”作りだから。
だからこそ、観終わったあとに心の中で反芻して、「あれってこういうこと?」って考えたくなるんですよね。

